強くあろうとした君は、けれど誰よりも優しく…そうして弱さを知っていた
だから私は






「…行って、しまいましたか」

きらきらと陽光が金色を連れて室内を照らしていて。けれど今の自分にとって彼の人の色を魅せるソレはただ煩わしいものの一つでしか無かった。

「アリババくん」

ぽつりと落ちた言葉の虚しさ。それを消すように息を吐く。
もう隣には無いあの温もり。あの子はどんな思いで以てここを去ったのか。


アリババ・サルージャは昨晩の内にシンドリアを発って行った。

さよならのひとつも残さずに。



闇が深まった頃合いを見計らい、彼が静かに動いたのを自分は知っている。はるか遠くの場で動いたのであれば気付くことはなかっただろう…だがもう随分前から彼は自身と夜を共にしており、もはやそれが当たり前となっていて。すぐ隣で動く気配のひとつ、己が気付かない訳もない。だがあえて気付かないふりをして、じいっと動きを追っていた。彼は音こそ派手に立てはしなかったが(何しろこんな時間帯だ、気遣いなど彼にとっては当然至極)細心の注意を払っている訳でもないようで。彼も気付いて…いや、端から分かっていたのだろう、私が彼の動きに目を覚ますことなど。
そうして一通りの準備が終わったのか、今まで忙しなく立っていた音が止む。しばしの静寂が部屋を包み、やがて自身の傍らに息遣いが聴こえた。生きる音だ。さあ最後の一瞬、彼はどうするのかとじいっとその時を待ってみる。だが一向に彼は動く様子を見せず少々訝しく思い始めたその時に、彼はようやっとその身をこちらへ傾けた。額に触れるか触れないか、ぎりぎり分かるだけの実にシンプルな口付けだけが私に遺されたたったひとつの彼からの贈り物だった。彼は結局言葉を一度もその唇から零すことなく立ち去ってしまった。



長い長い夜だった。その後私は一睡も出来ずに夜明けを迎えた。
もう帰らない時の流れを想ってはみたけれど、それならば彼のこれからを願った方がよほど有益ではないかと苦笑した。
寝台からいつもより重く感じる身を起こし、陽光射す場へ歩いていく。そうして朝に霞む白い月を見上げ、次への逢瀬を胸中で唱えた。






Mr.deja vu

Mr.deja vu / naja(ネイジャ)